東京高等裁判所 昭和50年(ネ)2144号 判決 1978年7月26日
控訴人 岡崎久八
右訴訟代理人弁護士 安江邦治
同 山田揚一
被控訴人 株式会社野尻工務店
右代表者代表取締役 野尻兵二
右訴訟代理人弁護士 日下部長作
主文
控訴人が当審において追加した第一次的請求を棄却する。
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 控訴人
「1 原判決を取消す。2(一)(第一次的請求)控訴人が別紙物件目録二記載の建物につき所有権を有することを確認する。被控訴人は控訴人に対し、右建物について横浜地方法務局昭和四三年二月二九日受付第六八七五号をもってなされた所有権保存登記の抹消登記手続をせよ。(二)(第二次的請求)被控訴人は控訴人に対し、右建物について昭和四三年四月一一日付け売買、仮に右が認められないとすれば、昭和四二年一二月一日付け売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求める。
二 被控訴人
控訴棄却の判決を求める。控訴人の当審における第一次的請求の追加には異議がある。仮に右追加が許されるとすれば、右のほかに「控訴人の第一次的請求を棄却する。」との判決を求める。
第二当事者の主張
一 控訴人の請求原因
1 第一次的請求について
(一) 控訴人は被控訴人との間に、控訴人を注文者、被控訴人を請負人として、昭和四二年一〇月一〇日頃別紙物件目録一記載の建物(以下「本件一の建物」という。)の建築請負契約を、更に同年一一月一七日頃同目録二記載の建物(以下「本件二の建物」という。)の建築請負契約(以下「本件請負契約」という。)をそれぞれ締結した。右各請負契約においては、工事の具体的内容は被控訴人の裁量に委ねられ、請負代金額は後日協議の上決定することとされていた。
(二) 控訴人は同年一一月一七日頃被控訴人に対し、右二棟の建物の請負代金の内金として、建築資材費全額に相当する金二〇〇万円を支払った。
(三) 本件一の建物は同年一二月三〇日、本件二の建築は昭和四三年二月一〇日に完成し、控訴人は右各完成の日に被控訴人から右各建物の引渡をうけた。
(四) したがって、控訴人は右完成と同時に原始的に、仮に右が認められないとしても右引渡をうけることによって被控訴人から承継的に右各建物の所有権を取得したものである。
なお、その後昭和四三年四月一一日に至って締結された後記2(一)主張の売買契約は、被控訴人が右(一)の各請負契約に基づく請負代金の額、支払方法を明確にし、その取立てを確保する目的で、控訴人と通謀の上被控訴人から控訴人に本件一、二の建物を売渡したように仮装したものにすぎない。
(五) しかるに、本件一の建物については横浜地方法務局昭和四三年二月二九日受付第六八七四号をもって、本件二の建物については同地方法務局同日受付第六八七五号をもっていずれも被控訴人のために所有権保存登記が経由され、被控訴人はその後本件一の建物については控訴人の所有に属することを認め、昭和四五年四月三〇日控訴人に対し所有権移転登記手続をしたが、本件二の建物についてはそれが自己の所有に属すると主張して控訴人の所有権を争っている。
2 第二次的請求について
仮に右1(四)の主張が認められず、本件一、二の建物が一旦請負人である被控訴人の所有に帰したものであるとすれば、以下のとおり主張する。
(一) 控訴人は昭和四三年四月一一日被控訴人との間に、被控訴人から本件一、二の建物を昭和四二年一二月一日付けをもって次の約定で買受ける旨の売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結した。
(1) 代金は金七四〇万円とする。内金二〇〇万円については前記1(二)のとおり支払済みの金二〇〇万円をこれに充当し、残金五四〇万円は割賦払とし、控訴人は割賦手数料として金三五二万七六六二円を加算した金八九二万七六六二円を、昭和四三年五月から昭和五〇年一〇月まで、毎月末日限り金一〇万円宛(ただし、最終回は金二万七六六二円とする。)合計九〇回に分割して被控訴人に支払う。
(2) 本件一、二の建物の引渡は昭和四二年一二月三一日に完了したものとする。
(3) 右各建物に対する公租公課、保存管理費等は昭和四二年一二月三一日以前の分は被控訴人の負担とし、翌日以後の分は控訴人の負担とする。
(二) したがって、控訴人は右売買契約において遡及して売買日とされた昭和四二年一二月一日、右が認められないとすれば右契約上の引渡日であり、かつ公租公課等の負担分配の基準日である同月三一日又は前記1(三)のとおり現実に引渡をうけた昭和四三年二月一〇日に本件二の建物の所有権を取得した。
3 よって、控訴人は、第一次的に、本件請負契約に基づく所有権の取得を理由として、本件二の建物につき控訴人が所有権を有することの確認を求めると共に、被控訴人に対し、右建物について被控訴人のためになされた前記所有権保存登記の抹消登記手続をなすべきことを求め、第二次的に、本件売買契約に基づく所有権の取得を理由として、本件二の建物について昭和四三年四月一一日付け売買、仮に右が認められないとすれば、昭和四二年一二月一日付け売買を原因とする所有権移転登記手続をなすべきことを求める。なお、原審においては、本件売買契約に基づく所有権の取得を理由として、本件二の建物の所有権確認と所有権移転登記手続とを求めたが、当審において右のとおり訴を変更し、所有権移転登記手続請求について登記原因たる売買の日付けを一部訂正する。
二 請求原因に対する被控訴人の認否
1 請求原因1について
控訴人が当審において追加した第一次的請求は原審における請求とその基礎を異にし、またその追加により訴訟手続を著しく遅延させるものであるから、右請求の追加は許されないものとすべきである。
仮に右追加が許されるとすれば、以下のとおり認否する。
(一) 請求原因1(一)については、控訴人主張の各請負契約において工事の具体的内容が被控訴人の裁量に委ねられ、請負代金額が後日協議の上決定することとされていたとの点を除き、その余は認める。工事の具体的内容は契約当時既に決定されており、請負代金額も一坪あたり約金一二万円と定められていた。
(二) 同(二)については、被控訴人が控訴人から二棟の建物の請負代金の内金として金二〇〇万円の支払をうけたこと(ただし、昭和四二年一一月二二日、同年一二月一八日の二回にわたり金一〇〇万円宛支払をうけたものである。)は認めるが、右が二棟の建物の建築資材費全額に相当することは否認する。
(三) 同(三)は認める。
(四) 同(四)は争う。
(五) 同(五)は認める。
2 請求原因2について
(一) 請求原因2(一)は認める。
(二) 同(二)は争う。
三 被控訴人の抗弁
1 請求原因1について
昭和四二年秋頃本件一の建物の建築を被控訴人に依頼した当初、控訴人は訴外小泉善太郎から賃借中の横浜市南区若宮町四丁目六〇番地の土地約五五坪のうち右建物の敷地とすべき部分を除いた約三〇坪の借地権を被控訴人に譲渡することによって請負代金をまかないたいとの意向であったので、被控訴人はこれを了承し、右譲受借地上に自ら本件二の建物を建築することを計画し、二棟の建物の建築工事に着手した。ところがその後控訴人側の要求により本件一の建物の請負代金を現金払とすることに予定が変更され、これに伴い本件二の建物も控訴人が注文者、被控訴人が請負人として工事を進めることになり、同年一一月一七日頃本件請負契約が成立するに至った。そして控訴人は右両建物の請負代金とも工事完成までに全額支払う旨を約したのであるが、その後金二〇〇万円を支払っただけで、その余の請負代金についてはこれを調達することができなかったため、本件一、二の建物とも被控訴人が建築費用のほとんどを負担して工事が進められ、本件一の建物は同年一二月三〇日、本件二の建物は昭和四三年二月一〇日にそれぞれ完成した。そこで、控訴人・被控訴人協議の結果、昭和四三年二月初め頃、本件一、二の建物とも一旦被控訴人の所有とし、その上でこれを控訴人に売渡すことで事態を処理することが合意され、同年四月一一日請求原因2(一)記載の本件売買契約の締結に至った。
したがって、本件二の建物は、控訴人・被控訴人間の合意によりその完成当時被控訴人の所有に帰したものである。
2 請求原因2について
(一) 本件売買契約においては、目的物件の所有権の移転時期及び所有権移転登記義務の履行期は割賦金の完済時とする旨定められていた。
(二) 控訴人は本件売買契約成立後遅れがちながら昭和四四年一二月分までの割賦金合計金二〇〇万円を支払ったが、その後の割賦金の支払に窮し、昭和四五年四月二七日被控訴人に対し本件売買契約の解除を申し入れてきたので、被控訴人がこれに応じ、ここに右契約は合意解除された(右合意解除を以下「本件合意解除」という。)。そして、控訴人の既払代金の清算について、控訴人・被控訴人協議の結果、本件一の建物を控訴人の所有とし、本件二の建物を被控訴人所有のままとして差引計算をすることとし、同年五月末頃清算を終了した。
四 抗弁に対する控訴人の認否
1 抗弁1については、本件請負契約の成立、金二〇〇万円の支払、本件一、二の建物の完成、本件売買契約の締結(ただし、その趣旨は請求原因1(四)後段主張のとおりである。)は認めるが、その余は争う。
2(一) 同2(一)は否認する。
(二) 同(二)については、控訴人が昭和四四年一二月分までの割賦金合計金二〇〇万円を支払ったこと、昭和四五年四月二七日本件売買契約を解除する旨の合意がなされたことは認めるが、その余は争う。
五 抗弁2(二)に対する控訴人の再抗弁
1 被控訴人代表者野尻兵二は、かねてから本件二の建物及びその敷地の借地権を被控訴人のものにせんとの野望を抱き、被控訴人からの下請電気工事を主要な収入源とする控訴人に対し、昭和四四年春頃から右工事の注文を全く行わず、控訴人を経済的苦境に陥れ、本件売買契約に基づく割賦金支払の遅れを生じさせた上で、昭和四五年四月二七日控訴人を被控訴人の事務所に呼び出し、控訴人に対し、右些細な遅れを盾にとって本件売買契約の解除に応ずるよう迫り、「もしこれに応じないのであれば、本件一、二の建物もその敷地の借地権もすべて被控訴人名義となっており、控訴人には何らの権利もないのであるから、本件一の建物からも退去してもらうほかない、もし解除に応ずるならば、既に支払のあった金員をもって本件一の建物だけは控訴人の所有とすることを認め控訴人名義に所有権移転登記をしてやる。」旨申し向け、控訴人の法的無知、窮迫、困惑に乗じて控訴人をして本件売買契約の解除に応じさせた。そして、被控訴人は、本件合意解除に伴う清算にあたっては、一方的な計算により本件一、二の建物の未払代金等を金四七二万二六五四円と不当に高く算出する一方、本来一坪あたり金一二万円の計算により金三九五万二六八〇円に相当する本件二の建物を金二三七万六〇〇〇円、金四一五万八〇〇〇円に相当するその敷地の借地権を金二四五万七〇〇〇円と評価し、これらを控訴人から被控訴人に譲渡することで前記未払代金等を決済するという方法をとり、不当な利益を得ようとしたものである。
以上の次第であるから、本件合意解除は公序良俗、信義則に反し無効であるというべきである。
2 仮に右主張が認められないとしても、右に述べたような事実関係の下になされた控訴人の解除の意思表示は被控訴人代表者野尻の強迫によりなされたものというべく、控訴人は昭和四八年六月二六日の原審における第一回口頭弁論期日において右意思表示を取消した。
3 仮に以上の主張が認められないとしても、被控訴人代表者野尻は右1記載のような虚偽の言辞を弄し、控訴人をして、解除に応じなければ真実本件一、二の建物とも被控訴人に取り上げられてしまうものと誤信させ、右誤信の結果本件売買契約解除の意思表示をさせたものというべきである。
よって、控訴人は昭和五一年七月二三日の当審における第七回口頭弁論期日において右意思表示を取消した。
六 再抗弁に対する被控訴人の認否
すべて争う。
第三証拠関係《省略》
理由
一 第一次的請求の追加の許否について
控訴人が当審において追加した第一次的請求は、昭和四二年一一月一七日頃控訴人・被控訴人間に本件二の建物の建築請負契約が成立し、その完成、引渡により右建物の所有権を取得したことを理由とするもの、控訴人の原審における請求は、右完成、引渡の後である昭和四三年四月一一日に成立した控訴人・被控訴人間の売買契約により右建物の所有権を取得したことを理由とするものであるから、右両請求を理由づける所有権取得原因は、個別に観察すれば、法律構成のみならず、具体的事実関係をも異にするといわざるをえない。しかしながら、後記認定のとおり右請負契約と売買契約とは、建物を完成してその引渡も了したのに請負代金を速やかに支払う見通しが立たなかったため、その処理方法として売買の話となったもので、本件二の建物の所有権の帰属を決する上で密接な関係を有する一連の事実であることが明らかであり、したがって控訴人・被控訴人とも、原審において、右売買契約成立に至る前段階の事実関係として、右請負契約の成立から本件二の建物の完成、引渡に至る経緯についても詳細な主張、立証をしているのであるから、このような場合、右両請求の間には請求の基礎に変更がないと解して妨げない。
また、右両請求に関する訴訟資料、証拠資料の共通性、一体性からすれば、原審における請求を第二次的請求とし、右第一次的請求を追加したからといって、控訴人において右請求に関する主張の整理に若干の日時を要したことを考慮に入れても、右追加が訴訟手続を著しく遅延させるものとはいえないとみるべきである。
よって、控訴人の第一次的請求の追加はこれを許容すべきものといわなければならない。
二 第一次的請求について
1 控訴人・被控訴人間に、控訴人を注文者、被控訴人を請負人として、昭和四二年一〇月一〇日頃本件一の建物の建築請負契約が、同年一一月一七日頃本件二の建物の建築請負契約(本件請負契約)がそれぞれ締結されたこと、本件一の建物が同年一二月三〇日、本件二の建物が昭和四三年二月一〇日に完成し、控訴人が右各完成の日に被控訴人から右各建物の引渡をうけたこと、本件一、二の建物について昭和四三年二月二九日いずれも被控訴人のために控訴人主張のとおりの所有権保存登記が経由され、被控訴人がその後本件一の建物については控訴人の所有に属することを認め、昭和四五年四月三〇日控訴人に対し所有権移転登記手続をしたが、本件二の建物についてはそれが自己の所有に属すると主張して控訴人の所有権を争っていること、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。
2 そこで、右完成、引渡時における本件二の建物の所有権の帰属について検討する。
(一) 右争いのない事実に、《証拠省略》を総合すれば、以下の事実を認めることができる。
控訴人は、戦前から横浜市南区若宮町四丁目六〇番地の土地約五五坪を訴外小泉善太郎より賃借して、同土地のうち、のちに本件一の建物が建築された部分約二二坪に建物を所有して妻子と共に居住し、昭和三〇年頃から電気工事業を自営していたものであるが、昭和四〇年頃から建築業を営む被控訴人より継続的に電気工事を下請し、被控訴人代表者野尻兵二(以下「野尻」という。)と親しく交際するようになった。
昭和四二年秋頃控訴人は野尻のすすめもあって既に老朽化した右居住建物を建て直すこととし、同年一〇月一〇日頃被控訴人に対し本件一の建物の建築を依頼した。右契約にあたっては、延面積、間取り、構造等の概略を決めただけで、工事の具体的細目は被控訴人の裁量に委ねられ、請負代金については一坪あたり金一二万円程度とする旨の了解がなされていたところ(したがってその総額は約金三〇〇万円となる。)、控訴人は建築資金の用意がなかったため、前記約五五坪の賃借土地のうち残余の約三三坪の利用を被控訴人に委ねることによって右請負代金をまかないたいとの意向を野尻にもらしていた。
そこで、野尻は、控訴人のために本件一の建物を建築するほか、右約三三坪の土地上に自ら本件二の建物(賃貸用共同住宅)を建築することを計画し、本件一の建物の着工とほぼ同じ頃に本件二の建物の建築にも着手した。しかしながら、野尻は右約三三坪の土地を利用して本件二の建物を建築することについて控訴人の確定的な了解を得ていたわけではなく、右建物の建築資材が現場に搬入された頃、控訴人は、これを知った妻子の反対意見もあって、野尻に対し、本件一の建物の請負代金は他から資金を調達して現金にて支払うから、本件二の建物も自己が注文者、被控訴人が請負人として建築を進めてもらいたい旨申し入れ、野尻もこれを了承し、同年一一月一七日頃控訴人・被控訴人間に本件請負契約が成立するに至った。右契約にあたっても、本件一の建物の契約の場合と同様、延面積、間取り、構造等の概略を決め、請負代金額を一坪あたり金一二万円程度とする(その総額は約金四〇〇万円となる。)ことが定められただけで、工事の具体的細目は被控訴人の裁量に委ねられていた。
こうして、本件一、二の建物とも請負人である被控訴人が建築資材を提供して工事が進められ(その間被控訴人は、右両建物につきいずれも控訴人を建築主として建築確認申請をし、同年一二月一六日その確認がなされている。)、本件一の建物は同年一二月三〇日完成し、控訴人一家がこれに入居し、本件二の建物も昭和四三年二月一〇日賃貸用共同住宅として完成し、控訴人に引渡されたのであるが、その間控訴人は、右両建物の請負代金合計約金七〇〇万円の内金として、いずれの建物の分かを区別することなく、昭和四二年一一月二二日、同年一二月一八日の二回にわたり金一〇〇万円宛合計金二〇〇万円を子供達の協力により被控訴人に支払っただけで(その支払時期、回数は別として、昭和四二年中に控訴人が被控訴人に右内金として金二〇〇万円を支払ったことは当事者間に争いがない。なお、右金二〇〇万円を本件一、二の建物の建築資材費として支払ったと認むべき証拠はない。)、残余の請負代金については、野尻も口添えして誠南信用金庫から本件一、二の建物を担保に融資をうけようと努力したものの、敷地が他人所有であることや控訴人の年齢の関係から融資をことわられ、これを支払うことができなかった。
そこで、野尻は、右のような請負代金の支払状況にかんがみこのまま直ちに本件一、二の建物を注文者である控訴人の所有と認めることはできないとして、本件二の建物の完成、引渡の前後頃、控訴人と協議した結果、本件一、二の建物とも一旦被控訴人の所有とした上で、これを控訴人に割賦払で売渡すという方法で事態を処理することに意見が一致した。右合意に基づき被控訴人は控訴人の了解のもとに、昭和四三年二月二〇日本件一、二の建物について所有権を被控訴人として各表示登記の申請をし、次いで同月二九日前認定の各所有権保存登記手続を了した。なお、右表示登記の申請にあたっては、控訴人が施工者として工事を完了し、建物を被控訴人に引渡した旨の控訴人の記名押印のある証明書及び控訴人の同年二月六日付印鑑証明書が提出されているが、右前者は登記手続に必要であることを了解して控訴人が預けた印鑑を用いて被控訴人の担当者が作成したもの、右後者は控訴人が自ら交付をうけて被控訴人の担当者に渡したものである。
引き続き被控訴人は、同年四月初め頃、前記地主訴外小泉善太郎との間に、本件一、二の建物の敷地約五五坪を同年四月一日から二〇年間、賃料一か月金二九一二円の約にて賃借する旨の契約書をとりかわし(ただし、同時に控訴人から前記請負残代金等全額の支払をうけたときは右賃貸借契約を解消する旨の念書を差し入れている。)、右敷地に対する使用権を確保した。
かくして、同月一一日被控訴人は控訴人との間で、本件一、二の建物の建築費を合計金七〇〇万円と確定した上、これに借地権譲渡の承諾料として地主に支払うべき金四〇万円(右金員はその時期は明らかでないが、遅くとも同年五月一四日頃までに被控訴人から控訴人を介して地主に支払われている。)を加えた金七四〇万円を売買代金額とし、内金二〇〇万円については前記受領済みの金二〇〇万円をこれに充当し、残金五四〇万円に割賦手数料として日歩二銭五黒(年九分一厘余)の割合による利息を加えた金八九二万七六二二円を控訴人において毎月金一〇万円宛合計九〇回に分割して支払う約定にて、本件一、二の建物を被控訴人から控訴人に売渡す旨の請求原因2(一)記載のとおりの内容の本件売買契約を締結し、野尻、控訴人の両名が同日公証人役場に赴き、その旨の売買契約公正証書を作成した。
以上のとおり認められ(る。)《証拠判断省略》
(二) 思うに、建物の建築請負契約に基づき目的建物が完成し注文者に引渡されたときは、建築資材の主要部分が注文者、請負人のいずれによって提供されたかを問わず、右建物の所有権は注文者に帰属するに至るものとするのが請負契約の当事者の通常の意思に合致すると解されるが、右所有権の帰属について当事者間の合意により右と異なる定めをすることが妨げられる理由のないことも明らかであり、この見地に立って右(一)に認定したところをみれば、本件二の建物は、その完成と同時に注文者である控訴人に引渡されたにもかかわらず、未だ請負代金の一部が支払われたに過ぎず、残額の支払の見通しがたっていなかったため、右の頃になされた控訴人・被控訴人間の合意により、本件一の建物と共に一旦は請負人である被控訴人の所有とすることとされたというべきである。
3 以上の次第であって、被控訴人の抗弁1は理由があり、本件請負契約に基づき本件二の建物の所有権を取得したことを理由とする控訴人の第一次的請求は失当として棄却を免れない。
三 第二次的請求について
1 控訴人・被控訴人間に昭和四三年四月一一日本件売買契約が成立したことは先に認定したとおりである。
2 しかしながら、右売買契約に基づく本件一、二の建物の所有権移転時期及び所有権移転登記義務の履行期について考えるに、右売買契約は、前認定のとおり右各建物の請負代金の一部が支払われただけで残額の支払の見通しが立っていなかったことから、右各建物の引渡を了したにもかかわらずその所有権を合意により一旦被控訴人に帰属させることとした上で締結されたものであり、代金の支払は九〇か月に及ぶ長期の割賦払とされていること、右契約の公正証書である前出甲第一号証(乙第一号証)には前記各時期について明示の定めこそなされていないが、その第一一条において、買主である控訴人が割賦金を完済するまで売主である被控訴人において右各建物に抵当権を設定することができ、控訴人が割賦金を完済したときは被控訴人は直ちに右抵当権を消滅させてその登記を抹消しなければならない旨の特約がなされており、この特約は本件一、二の建物の所有権及び登記名義が割賦金完済まで被控訴人に留保されることを前提としているものとみられること、前認定のとおり被控訴人が訴外小泉善太郎との間に本件売買契約成立の直前である昭和四三年四月一日以降右各建物の敷地を被控訴人において賃借する旨の契約書をとりかわし、右敷地に対する使用権を確保していること、更には本件全証拠によるも、本件売買契約成立後控訴人が被控訴人に対し所有権移転登記手続をなすべきことを求め、あるいは右がなされないことに不満の意を表明した形跡がうかがわれないこと等に照らせば、本件売買契約においては、右各建物の所有権は、契約成立と同時に又はその引渡の時に控訴人に移転するのではなく、割賦金完済時まで被控訴人に留保され、所有権移転登記義務の履行も右完済と引換えになされるべきものと定められていたと認めるべきである。もっとも、原審における控訴人本人の供述によれば、本件売買契約成立後後記合意解除がなされる頃までの間、控訴人は本件一の建物に居住するにつき被控訴人に使用料等を支払っていないことはもちろん、右建物の二階一室及び本件二の建物全部(六室)を他に賃貸し、その賃料を取得していることが認められるけれども、右事実は、被控訴人において、右賃料収入をもって控訴人から割賦金の支払が確実になされることを期待し、これを前提として(本件売買契約当時右賃料収入を割賦金の支払にあてることが当事者間に予定されていたことは《証拠省略》によってこれを認めることができる。)、控訴人に対し、既に引渡済みの本件一、二の建物の使用収益を特に許したというに過ぎないとみることも十分可能であるから、必ずしも右各建物の所有権が割賦金完済時まで被控訴人に留保されていたとの前記認定と矛盾するものではない。また、原審における控訴人本人の供述によると、本件売買契約成立後後記合意解除までの間、本件一、二の建物の敷地の地代を控訴人が自らの名をもって支払っている事実を認めることができるが、《証拠省略》を総合すれば、当時前記地主と控訴人との間で、控訴人を賃借人とする従前の賃貸借契約の帰すうについて明確な話合いがなされたことはなく、控訴人が当時既に賃借人の地位を失っていたとは断定し難い状況にあったものと認められ、かつ先にみたとおり控訴人は右各建物を無償で使用収益することを被控訴人から許されていたのであるから、控訴人において右のように地代を支払ってきたとしてもあえて異とするに足りないというべきである。他に本件一、二の建物の所有権移転時期及び所有権移転登記義務の履行期についての前記認定を左右するに足りる証拠はない。
3 そして、以下に説示するとおり本件売買約契はその後合意解除され、これに伴う清算の結果、本件二の建物は被控訴人の所有に属することが確定されたものと認められる。
(一) 昭和四五年四月二七日控訴人・被控訴人間において本件売買契約を解除する旨の合意がなされたことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》を総合すれば、右合意のなされた前後の経緯について以下の事実を認めることができる。
控訴人は、本件売買契約に従い被控訴人に対し昭和四三年五月から毎月末日限り金一〇万円宛の割賦金を支払う義務を負うこととなったところ、本件一、二の建物からの賃料収入として月額約金八万円が確保されていたにもかかわらず、電気工事業の不振等から生活に追われ、当初から右割賦金の支払が遅れがちで、それでも昭和四四年一二月分までの合計金二〇〇万円はどうにかこれを支払った(右金二〇〇万円支払の事実は当事者間に争いがない。)が、昭和四五年一月分から三月分までの割賦金の支払をまたも怠るに至った。
控訴人は同年四月六日頃右遅滞分金三〇万円を工面して被控訴人事務所に持参したが、野尻はその受領をことわり(ただし、その一部を右三か月分の利息と称して徴収した。)、控訴人に対し、従来の割賦金の支払状況にかんがみ、現時点で本件売買契約を解消した上、受領済みの金員をもって本件一の建物の所有権を控訴人に移転し、本件二の建物は被控訴人の所有のままとすることで清算するか、未払の残代金を一括して支払うことで決着をつけるかいずれかにしてもらいたい旨を申し入れ、その頃、控訴人に対し、受領済みの割賦金が毎月末日に支払われたものとしてその都度日歩二銭五厘の割合による利息及び売買代金の元金に充当して計算すると、同月六日現在売買代金の残は金六六一万七九五〇円である(右は昭和四二年中に支払われた金二〇〇万円を計算に入れていない。)旨を記載した計算書を交付した。
これに対し、控訴人は残代金を一括して支払うべく、そのための資金を調達しようとしたが果たせず、本件一の建物だけを取得できれば本件売買契約を解消することもやむをえないと考えるに至り、同月二七日被控訴人の事務所において、前記解除の申入れに応ずることとし、野尻に求められるまま被控訴人が所持していた本件売買契約の公正証書正本(乙第一号証)の末葉余白部分に、被控訴人に宛てて「解約申込書」と題し、「本契約を解約致します」と記載し、但書として、本件一の建物を控訴人名義に所有権移転することを条件とするという趣旨を追記して署名押印した。そこで、被控訴人は前記二1認定のとおり同月三〇日本件一の建物について控訴人に対し所有権移転登記手続をした。
その後も控訴人は妻子の意見もあって残代金を一括して支払い本件二の建物の所有権移転をもうけたいとの考えを捨て切れず、野尻もこれに応じてもよいとの態度をとり、この点に関する交渉が行われたが、結局合意に達しなかった。こうして、同年五月末頃、被控訴人の事務所において、野尻は、本件一、二の建物の売買代金額金七四〇万円(ただし、書面上は工事代金七〇〇万円、地主名義変更料金四〇万円と記載されている。)に、昭和四三年五月一日から昭和四五年五月末日までの日歩二銭五厘の割合による利息金一三〇万六八一四円、被控訴人の固定資産税立替分金一万五八四〇円を加えた合計金八七二万二六五四円から既払分合計金四〇〇万円を差引いた金四七二万二六五四円を控訴人から被控訴人に支払われるべき残額として算出し、一方、本件二の建物の現在価格を金二三七万六〇〇〇円、その敷地三〇坪の借地権価格を金二四五万七〇〇〇円と評価し、右の合計金四八三万三〇〇〇円にて被控訴人がこれを買取るものとして前記金四七二万二六五四円と差引計算し、その差額金一一万〇三四六円から控訴人が取立済みの同年五月分の家賃金五万八五〇〇円を差引いた金六万一八四六円を被控訴人から控訴人に支払うことで一切を清算する旨記載した精算書と題する書面を控訴人に提示し、控訴人も右計算関係を了承し、右書面の末尾に「諒解しました」と記載して署名押印した。そして、控訴人は同月二九日被控訴人から右計算により算出された清算金六万一八四六円に、控訴人が以前本件二の建物のために支出したガス工事代金等を加えた金九万六〇一九円の支払をうけ、ここに控訴人・被控訴人は本件一、二の建物をめぐる従来の関係の清算をすべて了した。
以上のとおり認められ(る。)《証拠判断省略》
(二) 右に認定したところによれば、本件売買契約は昭和四五年四月二七日控訴人・被控訴人間の合意により解除され、右解除に伴う清算として本件二の建物の所有権は遅くとも同年五月末には被控訴人に帰属することが確定されたものと認めるべきである。
(三) 控訴人は、本件合意解除は公序良俗、信義則に反し無効であると主張し、また控訴人の解除の意思表示は野尻の強迫又は詐欺によるものであるから取消さるべきであると主張するので、以下検討する。
控訴人が右各主張の前提として主張する事実のうち、野尻が本件二の建物及びその敷地の借地権を控訴人から奪おうとの意図のもとに控訴人に下請工事の注文をせず、控訴人を経済的苦境に陥れ、割賦金支払の遅れを生じさせたとの点は、これにそう原審における証人岡崎コウ、控訴人本人の各供述はにわかに措借し難く、他にこれを認めるに足りる証拠はないというほかないが、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果は前記(一)認定の事実経過をあわせれば、本件合意解除の前後を通じ、野尻が、本件一、二の建物とも被控訴人の所有に属することを当然の前提とし、控訴人において残代金を一括して支払う場合は別として、合意解除に応じなければ右各建物二棟はもちろんその一棟についても所有権を取得する途はないとの態度をとり、控訴人に対しこれに近い趣旨のことを告げて合意解除を迫ったことはうかがわれないではない(《証拠判断省略》)。しかしながら、控訴人は前認定のとおり従前から本件売買契約に基づく割賦金の支払を怠りがちで、昭和四五年に入ってからも一月から三月までの分の支払を遅滞していたものであり、また《証拠省略》によれば、被控訴人は昭和四三年六月一一日本件一、二の建物の建築費用を補てんすべく野尻の居住する土地、建物を担保に城南信用金庫から金六〇〇万円の融資をうけ、毎月金六万円宛を返済しなければならない状況にあったことが認められるのであるから、野尻が今後の控訴人の契約の履行につき危惧の念を抱き、控訴人が持参した右三か月分の割賦金の受領を拒んで合意による契約の解消を求め、被控訴人の利益を擁護すべく前記のような若干強い態度に出たからといって、これを一概に非難することはできないとみるべきである。一方、控訴人としても、昭和四二年中に支払った金二〇〇万円と支払済みの割賦金とをあわせ既に合計金四〇〇万円を被控訴人に支払っているのであるから、前記のような野尻の言動によって、同人の言うままに解除に応じない限り本件一、二の建物のいずれについてもその所有権を取得する途はないものとたやすく信じたとは考えにくいところであり、また、前認定の昭和四五年四月六日頃以降の事実経過に照らし、控訴人において、解除に応ずることによりもたらされる利益、不利益につき相応の考量をなすことができないような特別の事情が他にあったとも思われないことからすれば、控訴人が従前被控訴人から電気工事の注文をうける関係にあって野尻に対しやや従属的な立場にあったことを考慮に入れても、野尻の前記言動により控訴人がその自由な意思決定を不当に妨げられたものとはにわかに認め難い。
また、先に認定した昭和四五年五月末頃の清算の際野尻が控訴人に提示した精算書の計算は、昭和四二年中に支払われた合計金二〇〇万円を控除することなく、金七四〇万円について利息を計算しており(このことは昭和四五年四月六日頃控訴人に交付した計算書についても同じである。)、また右同日頃に徴収した利息を控除していない点等においてやや納得し難いところがあり、更に本件二の建物とその敷地の借地権の評価については相当被控訴人に有利な計算がなされているふしがうかがわれるけれども、右の点について野尻がことさら控訴人の無知ないし誤解に乗じたことを認めるに足りる証拠はなく、本件全証拠によるも、右の計算の結果もたらされる対価関係の不均衡が本件合意解除ないしこれに伴う清算を公序良俗、信義則に反するものたらしめるほどのものとは認め難い。
そのほか《証拠省略》によっても、野尻が控訴人の法的無知、窮迫、困惑に乗じ、あるいは強迫し、欺罔するというような無効または取消の原因となる違法、不当な行為に及んだと認めるには、十分でなく、他にこれを認めるに足りる証拠はないから、控訴人の前記各主張はいずれも採用することができない。
4 以上の次第であって、右2、3いずれの理由からしても、本件売買契約に基づき本件二の建物の所有権を取得したことを理由とする控訴人の第二次的請求は失当として棄却を免れない。
四 よって、控訴人の被控訴人に対する第一次的請求、第二次的請求はいずれもこれを失当として棄却すべきものであり、右第二次的請求を棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、かつ当審において追加された右第一次的請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小林信次 裁判官 滝田薫 河本誠之)
<以下省略>